"かたくら通信・父の言葉"

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かたくら通信・父の言葉

岡谷までの人生








私と父との折り合いの悪さについては何度も書いてきた。
ことごとく父の期待に背いてきたことを思えば父から疎まれても仕方ないと思う。
そんな中でも一番強烈だった事は高校生の時父に言われた一言だった。

私の卒業した甲府第一高等学校には「強行遠足」という伝統行事がある。
24時間かけて自分の体力や精神力で歩けるだけ歩くのだ。
今年も10月12日(土)〜13日(日)甲府から142号線沿いに信州小諸をゴールにして開催されるそうだ。
けれど、私達の頃は甲州街道を北に向かってひたすら歩き、一応のゴールは松本だが可能ならもっと先の大町まで・・・その先の木崎湖までという記録を樹立した人もいる。
正確な距離は分からないが母校から木崎湖まで150キロぐらいはあったのではないか。
この記録は私の一年先輩のIさんという方が樹立したのだがIさんは今も健在でこの夏は暑中見舞いをいただいた。
当時の一応のゴールは松本だったが、到達する者は全体の3分の1ぐらいだろうか。
そしてその松本までの到達組は体力よりもその精神力が優れている者がほとんどであった。
もう一つ・・・受験の勝ち組で東大進学をしたような人達はほとんど松本まで行っている。

さて私であるが、一応は松本を目指したのだが、毎年、挫折してしまったのだ。
それも中途半端な岡谷でやめてしまった。
甲府から岡谷までの距離はおおよそ76キロぐらいなのだがその先まで頑張る事をしなかったのだ。
岡谷から先は川岸、辰野、小野、塩尻と続きその先に松本がある。
岡谷までたどり着くと道が右と左に別れていて右を取るとその先に行けるのだが左は歩いてすぐの所に岡谷駅がある。
その分岐点で一応は悩むのだが3年間いずれも左の道を選んでしまったのだ。
このことは今までに何回か書いているのだが、もし自分の時間を戻すことが出来たらこの真夜中の岡谷の分岐点に戻したい。
時間は午前2時、歩き続けてきた時間は12時間、疲労困憊はしていたけれどこの遠足に参加していた者達は皆同じような状況だったはずである。
足には大きな肉刺ができていて脹脛はパンパンとなっていたけれど前に進めないほどのダメージではなかったはずだが、そこで精神力が問われたのだ。
家に帰って父に報告すると「お前の人生は岡谷までだな」と見切ったように言い放った。
正に父の予言したとおり自分の人生は到達点の4分の3ぐらいまでだったようだ。

だらだらでそこそこ・・・可も無し不可も無しなのだ。





yodaさんの投稿 - 17:41:30 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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