"季節だより風だより・棗の実"

10 / 09

季節だより風だより・棗の実

幻の味







入院する時にはまだ青い実であった棗の実も昨日ほとんど採りつくした。
と言っても両手にいっぱいぐらいであった。
タカコサンによると熟れた実はほとんど鳥に啄まれたか先ごろの台風で落ちてしまったのかもしれないと言っていた。
それでも、退院して帰ってきて玄関を入ると鶴首の花瓶に実を付けたひと枝をさしておいてくれた事はすでに書いた。
昨年は小さい笊にいっぱいぐらい採れたので蒸したり、乾燥させたりして楽しんだ。
お正月ぐらいまであったかもしれない。

棗の実は今は知らない人が多いだろう・・・ほとんど世の中に出回ってはいない。
実の大きさは2僂阿蕕い派況舛鬚靴討い峠呂垢襪犯蕕茶色く変色していく。
茶道のお道具に抹茶を入れる道具があって、それを「棗」と言うが、おそらく棗の実に形が似ているから付けたのだろう。
となると日本では古くからその実を食べていたのではないだろうか。
先年台湾を旅行した時にホテル朝食のバイキングでいろいろなフルーツと一諸に並べてあった。
その時の棗はお手玉ぐらいの大きさで味は日本の棗と全く同じだった。
さて、その味であるが、今はほとんど見かけなくなったけれどちょうどお盆の頃に出回った「青リンゴ」の味に似ている。
今のリンゴでいうと、「つがる」の味に似ている。
爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がるのだ・・・と言っても日本の棗は小さいので味もさることながら歯ごたえが良いのだ。
しゃくっと一口齧ると直ぐに種に行きつき種の周りの甘味をしゃぶる。

私が棗の実にこだわるのは、子どもの頃の体験による。
小学校の1年生だったと思う。昭和22年、まだ果物屋など存在しなかった。
私がそだった甲州の片田舎の切石では果物と言えば柿の実だけだった。
その柿だって甘柿も渋柿もあり当たりはずれがあった。
その年の秋のある日だったと思う・・・友達の家に遊びに行って棗の実に出会ったのだ。
生っている樹から幾粒か採ってくれて食べさせてくれた。
その衝撃的な味は今でも忘れない・・・友達の母親が言うには「棗は林檎と同じ味がするんだよ」と教えてくれた。
けれどその林檎なるモノをそれまでに一度も味わったことがないので棗は棗の味なのだ。
後年林檎など自由に食べる事が出来るようになったが、確かに似てはいるけれど私にとっては子どもの頃を蘇らせてくれる幻の味なのだ。

我が家でようやっと木を見つけて10年ほど前に植えて実が生るようになったのは3年ほど前だった。
yodaさんの投稿 - 17:29:46 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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