"かたくら通信・高地生活"

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かたくら通信・高地生活

甚大被害







今朝は朝刊が昨日の分と二日分届いた。
昨日も今日も一面から息を飲むような光景が紙面に映し出されていた。
想像を絶するような被害で、一面の泥の海の中に家が浮かんでいる光景である。
J党の偉いサンは「まずまずに治まった」と言ってしまって一生懸命に釈明しているようだが、おそらく本音であろう。
数日して水が引いてその後の始末が大変である事は想像に難くない。
おそらく水をかぶってしまった家具調度、電化製品は全て使い物にならず、畳も取り替え、壁や天井など湿気でカビが生えてくると言う。
家の中に押し寄せてきた水は単なる川の水ではなく泥や砂を含み、加えて下水やトイレなどの汚水も混じっているのだ。
各河川の堤防がこんなにももろいものであったとは・・・治水は国の根幹と言われてきたが一機何十億円もするようなジェット機を買うよりもその分を毎年起こる災害に備えるようにすることが先だろう・・・
わが故郷の名将武田信玄が甲府盆地を流れる暴れ川の釜無川の治水をして今もその功績は称えられている。
史跡として信玄堤が残っていてそれが今も役立っているようである。

今回の台風で思ったのは我が家の立地である。
八王子の盆地の東側の縁で昭和40年代に造成された住宅地であるが・・・片倉台。
私が居を構えた頃は結構人気があったようだが今は駅まで遠い事と坂を上ってこなければならいこともあってここで育った子ども達は帰ってこない。
けれど周囲は自然に恵まれ四季を感じる事も出来て、小鳥の声で目が覚める。
少々の不便はあっても、今回のような自然災害から守られているように思う。
日本人の祖先である縄文人はそのほとんどが高地に住んでいたという。
その理由は動植物を食物としていたので獲物が獲りやすい事もあったが水害や津波などの被害から身を守ることにあったようだ。
ところが列島に米作りが入ってきて田を作る為に高地から低地へとその生活基盤が移って今に至り毎年のように水の害に悩まされるようになった・・・
不便よりもより便利な方へと移って行ったツケのようなモノが今も繰り返されている。
昨夜見ていたテレビに「ポツンと一軒屋」という番組があった。
深い山の中にある家を航空写真で見つけて訪ねていく内容だったが、昨夜の家は山口県の半島の山の中の一軒家だった。ご夫婦と孫娘の3人暮らしでふもとまで降りるには車を使うしかないのだがその家から見下ろす瀬戸内海の風景が素晴しく何物にも替えがたいと言う。また周囲の山がちょうどシェルターの役割となって台風から守っているという。

便か不便か・・・環境問題も含めて何かを突き付けられているように思った。






yodaさんの投稿 - 17:39:07 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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