"かたくら通信・悪夢"

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かたくら通信・悪夢

浪人時代







昨夜は導眠剤を飲まないで床に入った。
ウツラウツラの状態がしばらく続いたがナントカ眠りに入ることが出来た。
今服用している導眠剤はマイスリンという名であまり強くはなく、飲めばすぐに眠れるわけではない。
ひどい時には飲んでから3時間ほどして眠ることもある。
不眠になったのは透析を始めてからで、年末・年始の頃以来、毎晩服用した。
特に、透析を終えて家に帰ったその日の夜が眠れないのだ。
透析は体内の水を引くのでかなり体力は消耗してヘロヘロとなるが頭は使うわけではないので妙に冴えてしまってひどい時には朝まで眠れない時もあった。
そしてまた次の日透析となると、寝ておかなければと思ってまた眠れなくなる。
要するに一日おきの透析で毎日が不眠続きというわけだ。
そこで導眠剤を処方してもらったのだが、今度はそれが無いと眠れない身体に成りつつあり,この悪循環をどこかで断ちきらなければと焦っているのだ。
医者は連続服用でなく時折休めばそれでいいと言うのだが・・・

さて、昨夜はいちど眠りに入って夜中の2時頃目が覚めて、それからの眠りが浅く悪夢の連続であった。私の悪夢には必ず父が登場する。
そしていつも怖い目で睨みつけ叱りつけ、怒鳴り散らすのだ。
叱られている私は、今回は浪人時代で、年は18〜20歳ぐらいというところだろうか。
受験に失敗して身の置き所がないところで、無能をなじられるのだ。
実際なじられてもしょうがないほど成績は悪くそれでいて努力しようともしなかった。
思えば、父に出会ってから(表現としてはおかしいが、復員してきたのが6歳の時でその時が物心ついてから初めての父との出会いだった)一度も褒められたという経験がない。
いつも私を見る目は疎ましい物を観るような目だった。
懐かない、もちろん言う事は聞かない、父にとっては厄介な子だったのだ。

今回の夢はやはり大学の選択のことでいよいよ切羽つまって、医者になることをあきらめて違う道を歩もうと思った時。
父は医者にならないのなら一切進学のための金を出さないと宣した。
実際にその通りとなったのだが・・・途方に暮れている自分がいたのだ。
もう60年もまえのことなのに忘れようにも忘れられないこととして意識のずっと深い所に眠っているに違いない。
医者の道をあきらめて教師という選択をしたことに悔いはないし、充実した人生だと思っている。
けれど親の期待に応えられなかった自分が情けないという意識がどこかに残っているのかもしれない。




yodaさんの投稿 - 19:02:32 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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