"かたくら通信。我が家の経済"

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かたくら通信。我が家の経済

独立採算性







我が家の食事作りを完全に私がするようになったのは、町田の藤の台団地から今の住まいである片倉台に転居してからだ。
食事に対して文句ばかり言うので「ならば自分で作りなさい」というのが大きな理由の一つだったが、もう一つ食材の調達があった。
タカコサンは車の運転をしないので仕事が終わってからの買い物はひと仕事だった。
加えて横浜線片倉駅から我が家までかなりの坂道があり階段もある。
そこを仕事の荷物と買い物の荷物を持って登ってくるのはかなりの重労働だった。
そこで食材は私が買ってきて作るのはタカコサンというシステムを取っていたが、私の買ってきた食材によって作るとイメージが違ってクレームが多くなった。
ならば、自分で作りなさいという事になり、料理は私、片付けはタカコサンの分担となった。
以来、40年間私は厨房を守っているのだが・・・基本自分が食べたいものを作ることになったのでそれが透析への道と繋がってきたのだろう。

それ以来我が家の経済も独立採算性を取るようになった。
頂いてくる給料は私もタカコサンも私もほぼ同じである。そこで二人の分を合算するのではなく、お互いに必要な分だけを出しあう。
基本的に光熱費やもろもろの公共料金は私の口座から落ちるようにして、日々の食材も私が払う事にした。
タカコサンは冠婚葬祭、旅行、外食などを負担する事にした。
バランスから言うと私の分担の方が多いけれど、私は給与のほかに印税やら教科書の仕事、図書館の仕事、講演などで多少の収入を得ることが出来た。
しかし、家を買うためのローンは各々共済組合で借りて給与から落ちるようにした。
それぞれ残った分については自分のために使ってよい事にしてそのことについては干渉し合わない事にした。

以来何とか歯車が狂わず回ってきたが、退職して20年経った今、私の方の負担が重くなり、特に透析が始まってからは経済的に逼迫し始めたので、多少余裕のあるタカコサンから援助を受けるようになった。

独立採算性などという事が出来たのは幸か不幸か私達に子どもがなかったからである。
もしここで養育費が浮上してくればそんなのんきなことは言っていられなかったかもしれない。
今は可もなく不可ももなく生活しているがもちろん収入は年金だけである。




yodaさんの投稿 - 10:54:51 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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