"季節だより風だより・秋の訪れ"

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季節だより風だより・秋の訪れ

酔芙蓉








一昨日痛み出した左の耳が本核的な中耳炎となりそうだった。
昨日は透析で耳鼻科には行かれなかったので手持ちの痛み止め・消炎剤のカロミナールを飲んで抑えたので今朝はそれ以上悪くなっていなかった。
けれど薬が切れればまた再発する可能性もあるので北野駅前にある耳鼻科に行った。
診察治療は5分ほどで終わって「あなたの場合は慢性の中耳炎なのでこういうことが時々起こるのですよね」と言われた。
どうやら悪化はしてないようで薬の処方も点耳薬だけで、抗生剤や痛み止めも出なかった。
来週の土曜日あたりに見せに来てくださいとだけ言われた。

ともかく大事に至らず良かった・・・ホットとした気分でバス停から家までゆったりゆっくり歩いた。
行くときには聞こえなかったセミの声・・・今の季節、夏の名残を惜しむようなカナカナゼミの声だった。
合奏するように左耳の中に巣くっている我がセミが鳴きだした。
季節はいよいよ秋へと移ってきたようだ。
そしてもう一つ我が家から5分ほど歩いた所にたくさんの植栽をしているお宅がある。
それも直植えではなく、大きな鉢を並べているのだ。
このお宅の前を通るたびに季節の花々を楽しませてもらっている。
そして今日は・・・酔芙蓉の花が咲いていた。

行くときは薄いピンクの花の色だった。
それが帰りには濃さを増し、花の中に紅の色に近くなっているものもあった。
自然の妙とでもいうのだろうか一日の間に色が変化していくのだ。
酔芙蓉とはつけもつけたりその名前・・・恥じらう乙女のように最初は白で時とともに薄紅色となって、夕方には深紅となってその花を閉じていく。
一日でその生涯が完結していくようにも思え、なんともはかない。

小説「風の盆恋歌」(高橋治)の中にこの花が出てきている。
舞台は越中おわら風の盆・・・一年に一度だけの逢瀬の切ない恋。
むせび泣くような胡弓の音が聞こえてくるようで、あの世とこの世が一体となっていく。
石川さゆりの「風の盆恋歌」はこの小説を歌にしたものである。
高橋治はすでに忘れさられそうな作家であるがこの作品は歌とともに後世まで残るのではないかと思われる。
実は高橋は小説家となる以前は松竹の映画監督だった。
小説も映像的で私が大好きな作家の一人である。

yodaさんの投稿 - 17:35:28 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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