"季節だより風だより・メタセコイア"

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季節だより風だより・メタセコイア

思い出








我が携帯はガラケイであるがそれなりに機能が付いている。
電話、メール以外で最も使っているのは歩数計である。
毎日リセットされて一日の歩数が表示されてほとんど運動らしいことはしていないのでこれが健康のバロメーターになっている。
さて、そこでこの歩数計は一日で5000歩を超えると褒めてくれる。
絶賛に近い褒め方で文章の結びの所で素敵ですと言ってくれる。
80爺がまず褒められる機会など皆無であるが「素敵です」などと言われて悪い気はしない。
昨日は久しぶりの散歩を書いたが(もちろん5000歩を超えて褒められた)今日もまた同じコースを歩いて5000歩を超えた。

同じコースを歩いたのは昨日書いたメタセコイヤのことが気になったからだ。
メタセコイヤは化石として発見されたのが1941年で発見者は三木茂という人だった。
そして1946年この木が中国四川省で現存していることが分かり、その苗が日本にももたらされて各地に記念樹として植えられるようになった。
私がこの樹を初めて見たのは日野市の第六小学校で、開校と同時に植えられたそうで正門わきに聳えたつように立っている。
そこで、6年生を担任した時に、年間の学年便りの名前を和名の「曙杉」として130号ほど発行した。

もう一つこの樹にまつわる思い出がある。
ある学校に赴任した時にやはり記念樹として植えられたメタセコイヤがあった。
こちらは校庭の南側のフェンスの所に6本植えられていた。
水はけも日当たりもよくて40mほどの大樹となっていた。
そしてその年の晩秋、近隣のお年寄りが学校に怒鳴り込んできた。
校庭に隣接する所にアパートを所有していてその屋根にメタセコイヤの落ち葉が積もるので、それを何とかしろというのだ。
アパートは学校よりも後に建てたものだが、彼は地域では有名なクレーマーだった。
そして時期になると毎年怒鳴り込んで来るというのだ。
学校ではなんとも対応できないので教育委員会が専門業者を頼んで枝払いをした。
けれどそれが毎年なのでかなりの額の出費となったようだ。
そして最終的に記念樹を切り倒すことになった。
それも冬休みの間に子どもたちにも教職員にも知らせないまま伐った。
休みが明けて学校に行ってみると校庭の南側の光景が一変していた。
なんとも無残であった…管理職に抗議したけれど後の祭りで切株だけが残っていた。

私もあのクレーマージジイと同じぐらいの歳となった。
このところ怒りっぽくなっている自分がいるので気を付けなければなぁ・・・




yodaさんの投稿 - 17:14:50 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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