"季節だより風だより・俳句三句"

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季節だより風だより・俳句三句

光陰矢のごとし







7日の毎日新聞の夕刊の「こころの歳時記」というコラムに次のような俳句が載っていた。
「松すぎのはやくも今日といふひかな」 久保田万太郎
解説として令和3年もコロナが続いているが、早くも松が過ぎて新し年が始まっている。
久保田万太郎は浅草生まれで生粋の江戸っ子、大正から昭和にかけて活躍した小説家,劇作家、俳人だという。
恥ずかしながらその作品はほとんど読んだことがないが、なぜか「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」という句を覚えている。
最晩年の句で、もうそう長くない自分の命をたとえて表現していると言われているが、自分もこの年になると命の儚さのようなものがこの句には感じられる。

さて、それはさておき、表題の句であるが、まさに実感である。
早、七草も過ぎて松の飾りもとれ日常が戻ってきているが、日に日にコロナ罹病者は増えてくるばかり…日常と言いながら緊張を強いられる日々となっている。
今年の年賀状の中に同年の友で優れた児童書の編集者のUさんの句があった。
「一杯の白湯に始まる寒の朝」
今年の寒の入りは1月5日だそうだが、湯気の向こうに生きる希望のようなものが感じられて秀句だと思う。
もう一句同じコラムに載っていた句
「松過ぎの又も光陰矢のごとく」
松飾がとれると日常が戻り、あっという間に月日は過ぎていく。
普通では何となく正月気分から抜けきれない時期だが、今年は光陰矢のごとく月日が経って穏やかな日常に早く戻ってほしいものだ。

今年の年賀状も昨日あたりでほぼ出そろったけれど、やはりその内容は8割方、コロナの話題で占められていた。
そんな中で我がブログについて書いてくれている人もいて「毎日欠かさず読んでいる」と書いてくれたり、「励まされる」と書いている人も何人かいた。
今から50年ほど前に初めて教えた人が同じように「ブログを読んでいます」と書いて「松崎(静岡県伊豆)の出身の人と依田勉三のことで盛り上がりました」とあった。
依田勉三は松崎出身で北海道帯広市の開拓に尽くした人だ。
このことは私のブログの中に書いたことがあった。

日日のよしなしごとをつづっているのだが、思わぬところで話題の一つになるとは・・・・
嬉しい限りである。


yodaさんの投稿 - 14:37:55 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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