"季節だより風だより・今日は何の日"

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季節だより風だより・今日は何の日

1月10日







今日は何の日と唐突に言われてもすぐには思いつかない。
1月10日で・・・110番の日は何となくありそうだ。
調べてみると「110番の日」もちろんだがそのほかに「明太子の日」「糸引き納豆の日」「干瓢の日」でもあるそうだ。
それぞれ由来がるようだがいずれもこじつけに近いことなのでその由来は割愛する。
しかし、我が家にとっては一年で一番大事な記念日である。
タカコ皇太后の生誕の日で特に今年は御年77歳となられた。

1944年(昭和19年)1月10日に森家の長女として生まれた。
時は戦争も末期に近く十分に食べ物も手に入らないような時代であった。
運よく戦争の惨禍を潜り抜け幼少期はほんとに物のない時代であったが昭和25年近隣の馬込小学校に入学、そして同じく馬込中学に進学。
本人に言わせると成績は良かったようだがどちらかというとボーッとした子だったそうだ。
高校は都立八潮高校に進学して大学は国立の東京学芸大学の国語科入学。
現役合格で入学時の成績もよかったようだ。

さてそこで、運命的な出会いが待っていた。
将来の伴侶となる逸夫さんとの出会いである。
当初は二人は全く意識もなくよもやまさか結婚まで至るとは思いもしなかった。
しかし、きっかけはピアノであった。
学芸大は教員養成大学で小学校の教員の免許をもらうためにはバイエルの80番を引けなければならなかった。
嫌なことはずっと先延ばしにしてきたが、とうとう実技の試験が迫ってきてどうにもならなかった。
そこでクラスメートに助けを求めた所、森さんが力になってあげると言ってくれたのだ。
お礼はパチンコで獲ったチョコレートだったと思うが・・・
ともかく卒業が出来たのだから彼女のおかげで実技もクリアーできたのだと思う。
それから何となくお付き合いが始まって卒業時には結婚の約束を交わした。
そして就職は彼女は渋谷区の健康学園で千葉の岩井に行ってしまった。
私は西多摩郡の秋多町東秋留小学校(現あきる野市)
西と東に遠く分かれた遠距離恋愛となってしまったのだ。
会うのは月に一度だけ中間点である新宿だったなぁ・・・

結婚したのはそれから3年たって昭和44年の3月30日だった。
新居は調布にある都の公給公社多摩川住宅の2DKだった。



yodaさんの投稿 - 16:52:06 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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