"季節だより風だより。結婚生活52年"

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季節だより風だより。結婚生活52年

なれそめ








今年の3月で結婚生活も52年となる。
タカコサンと知り合ったのは大学入学時であるからさかのぼることその7年前ですでに59年の歳月がたっている。。
当時はお互いに意識することもなくクラスメイトの一人であった。
ただ、私は浪人を3年もしていたのでクラスの小父さんのような存在だった。
声がでかくがさつで東京出身の人たちの眼中にはなかったようだ、。
服装もすでに学生服は破れていたので、うわっぱりのような事務服を着ていた。
履物は革靴などなく下駄専門であった。
もちろんモテもせずクラスの中では敬遠美味だったようだ。
しかし、期末試験が近づいてくると俄然わたしの情報網が起動して的確な情報をもたらした、クラス中が聞き耳頭巾となってかなりの恩恵を受けたはずである、
タカコサンもそのことについては随分と恩恵を受けていたようだ。

大学生活も後期となるとそれぞれが将来を見据えながら教職以外にどのような道に進むかを考えるようになった、
私も人並みに身になるようなことを学ぼうと、として、「近代文学研究部」と「児童文学サークル・赤べこ」に所属した。
しかし,非才はなんとも救いがたくようやっと書いた作品を一作だけどちらかの機関紙に発表をした。
すると、タカコサンは友達のルートでその機関紙を手に入れて読んでくれた。
「涙を探した話」という靖国の子(戦死によって残された遺児)を主人公にした作品だ。
タカコサンは、いたくこの作品に感動して、この人(依田逸夫)を何とか世に出してやりたいと思ったそうである。

彼女の期待にどれだけこたえることができたかは分からないが、教職の傍らで、しこしこと書いたものを、ハードカバーの作品として世に出すことが出来た。
賞のようなものとは無縁であるが第55回の青少年読書感想文の対象読書「春さんのスケッチブック」が選ばれて全国の多くの子どもたちに読まれたのは誉である。
上梓した作品は共著も含めると30作はこえているはずである。

出来れば命を閉じるまで甲府七夕空襲を書こうと思っている。
すでに5年ほど前から取り掛かっていてほぼ物語の体裁はできているのだがどこかがたりない。全面書き直しでタカコサンに褒められるような作品に仕上げたいと思っている。
すでに時間はないので居眠りの時間を削って当てたい。


yodaさんの投稿 - 11:44:00 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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