"読書生活・「美麗島紀行・乃南アサ・集英社)"

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読書生活・「美麗島紀行・乃南アサ・集英社)

麗しの島








以前からもう一度行きたい海外としているのが麗しの島台湾である。
日本から台北まで飛行4時間ほどで行ける。
時差が1時間ほどだそうなので体感としては3時間だそうである。
どうしてそんなに台湾魅せられたのかはやはり今から10年ほど前に行った事による。
台北を中心とした3泊4日の旅であったが、景色、食べ物、人情などすべてに懐かしさを感じたのである。
行くところ行くところで既視感をもった。
旅そのものがカード会社が企画したもので台湾に日本史跡を訪ねるというものだった。

台湾は日本の植民地であった。
1895年に日清戦争の結果、清国より譲渡を受けた。
それまで台湾は独立国とは存在せず、ポルトガル,スペイン、オランダなどが島に上陸した。
そして一応清国の属国として治められるが、当時は熱帯特有の病気(マラリアなど)が流行り、住む人たちは蛮族と呼ばれ人狩の風習も残っていたという。
清から譲渡を受けた日本は軍事的にも需要な拠点であることや南国の特産であるサトウの栽培、金などの地下資源にも目をつけて島のインフラを進めていく。
結果、日本人も多く住むようになり台湾に住む人は日本人として組み込まれる。

いきなりやってきた人々にまず姓を日本人式に改名され、言葉は共通語として日本語。
同じような運命をたどった国に朝鮮があるが、台湾の方が性急。
インフラの整備の充実とともに植民地時代の台湾の人々は緩やかに日本を受け入れていたようだ。
しかし、そこには厳然たる差別は有ったようである。
日本敗戦と同時に台湾の帰属は中国となるが、当時中国では毛沢東率いる共産党軍と蒋介石率いる国民党軍が熾烈な戦いを繰り広げていた。
結果、国民党軍は敗北して台湾へと逃げてくる。
そこで台湾は国民党軍の支配下となる。
それまで住んでいた台湾の人々にとってこの国民党軍は質が悪く横暴で人々を苦しめてた。そして1947年2月28日に政府による大弾圧が起こり沢山の知識人たちが粛清される。

このような血塗られた歴史があるのだが、人々は穏やかで年寄りは日本語教育を受けてきただけにまだ喋ることが出来る人がいて懐かしそうに寄ってくる。
日本人に対しては親しみを持っているらしく東北大震災の時には200億円の義援金を寄せてくれたという。

「美麗島紀行・台湾」のまだまだ入り口の所である。
                       この続きは折を見て・・・





yodaさんの投稿 - 11:46:48 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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