"学びの窓・教師人生"

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学びの窓・教師人生

新学期








昨日の朝刊には東京都の校長人事が載っていた。
毎年、この時期になると誰が校長になるのかそわそわしたものだ。
もう教職を離れて20年近く経っているので、知りびとはほとんどいないが、世田谷区の若林小学校で4年生を受け持った時の人が、町田市内の中で栄転していた。
今年58歳になるはずなので最後のご奉公という所か。
同じくその時の同級生が札幌市内で中学の校長をしていて、こちらも栄転という知らせが入った。

世田谷区若林小学校に赴任したのは今からちょうど52年前で結婚と同時に転勤となった。
それまでは西多摩郡秋多町立東秋留小学校で勤務していた(現あきる野市)
当時の東秋留地区は純農村で周囲に田圃もあり、藁ぶき屋根の家もあった。
家庭訪問に行くと囲炉裏が切ってあって薄暗い中で親と面談をした。
その当時学校にはプールもなく保健室に養護教諭もいなかった。
夏になると近くの秋川の流れをせき止めてプールにしていた。
ちょうど赴任して3年目に秋川の対岸にサマーランドが出来て川の水がみるみる汚れていったことを覚えている。
子ども達の生活は自由奔放でやりたい放題、理科の観察とか図工の写生と称して秋川に子どもを連れて行ったものだった。

それが突然、高級住宅があるという世田谷のど真ん中の学校に転勤となり本人はもちろんだが子どもたちもその風貌や振る舞いに驚いたようだ。
その時受け持った子どもの一人は、新任教師紹介の時に「あの先生にだけは絶対に受け持ってほしくない」と思ったがドンピシャの大当たりでそれから6年で卒業するまで担任となってしまった。
彼女は今は八王子の堀之内というニュータウンに住んでいるが時折連絡をくれる。
つい、先日もメールが入ってきた。
「先日の先生のブログを読んで、わぁ!!!と思いました。先生の赴任は4月1日ですよね!私が初めて、先生に校庭であったのは4月6日ですよね!来週の火曜日が記念日だわ。
私の人生の80%以上、私の先生でいてくださってありがとうございます。」

有難いことである・・・名もなく貧しくいやらしく、長などには無縁の教師人生であったけれど冥利に尽きる38年間だったなぁ・・・・・




yodaさんの投稿 - 16:25:12 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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