"かたくら通信・ブックオフ"

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かたくら通信・ブックオフ

同郷







山荘関係でどうしても手続きをしなければならないことが起こって地元(山梨)の銀行の八王子みなみ野店まで行ってきた。
店内に入ると山梨の雰囲気が漂っていた。
まずは応対してくれた若い女性の店員・・・きちんとした標準語で喋っているのだが、どこかに甲州弁の名残がある。
失礼とは思ったが「山梨の人ですか」と聞くとちょっと恥ずかしそうに頷いた。
「山梨はどこ」と聞くと、「塩山です。言葉で山梨ってわかるんですか」と聞かれた。
「何となく、言葉のイントネーションから同郷の人はわかるんです。」
「イントネーションですか・・・気を付けているつもりですが、わかるんですね」
と少し残念そうに言った。
続いて女子店員の上司が登場して・・・こちらはバリバリの甲州弁。
それも故郷身延町のお隣の町、南部町の出身だそうだ。
「依田さんという名前を見てすぐに旧中富町の人と分かりましたよ」と親し気に言った。
結局手続きは書類がそろわないので後日またということになった。

銀行と同じビルの二階にブックオフがあるので覗いてみた。
二階全体のフロアーを占める大規模店で本だけではなく高級ブランドのバッグ、時計などなどと古着類、玩具、CDなどそちらの方が主流のようだ。
この、ブックオフを創業したのは私の中学時代の同級生で坂本孝君という。
中学生の頃は一緒に遊んだ仲間で彼の家にもよく行った。
時代は昭和20年代の終わりの頃で、彼の家にはすでにテレビがあり、相撲やプロレスの中継を応接室を占拠して見せてもらいに行った。
図々しくも相撲放送のあとに夕飯までご馳走になって帰ったこともあった。
彼の家は甲府では有名な精麦会社で昭和20年代にすでに自家用車(ワーゲン)があり、彼もラビットとというスクーターを持っていた。
高校も一緒だったがクラスが異なって疎遠となってしまった。
その後KO大学を卒業し、その精麦会社を受け継いだようだが時代は精麦では厳しくなりいろいろな事業を試みたようである。
そこで、ピアノの中古品をリニューアルして売ることからヒントを得て、本をリニューアルして売る・・・古本とは違う流通を考えだしたようだ。
商売そのものは大成功を収めて全国展開となったがどこかで不祥事が起こって経営者の座を追われてしまった。
しかし、彼は不死鳥のようによみがえり、新しい事業としてレストラン経営を手掛ける。
一流料理人を招いて立ち食いのレストランを立ち上げて大当たりする。
銀座を中心にして「俺の〇〇」というネーミングも斬新だった。

現在はどのような事業を手掛けているのかは分からないが、私にとっては雲の上の人。
もう、50年以上も会っていないなぁ・・・



yodaさんの投稿 - 09:42:12 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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