"学びの窓・コロナ禍の教育"

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学びの窓・コロナ禍の教育

読書教育








土日とモモちゃんにお付き合いして気が付いたことだが、明らかにコロナによってコロナの影響による教育の変化が起きているように思われる。
モモちゃんは幼稚園の年中からコロナ禍が始まり年長を経て卒園して、今年の4月から小学校に入学したわけだ。
コロナ禍における教育を当たり前として学校が始まった。
まずは日日、マスクをして人と接する。
マスクがごく普通に生活の中に取り入れられて、それが不都合なことと感じていないようだ。
また人とのおしゃべりもマスク越しで、特に給食の時にはおしゃべりは絶対禁止。
それが今回のお泊りでも実行されていて、外食の時も実におとなしい。
声もマスク越しで大声は出さないので耳の遠いジジイは殆ど聞き取れない。
それが当たり前になっていくとなると新しいタイプの人間が育っていくに違いない。

また、学校の形態も変わって分散登校であるとか、リモートによる授業などアナログ人間にはどんな子供に育つのか想像もつかない。
このところコロナ患者の数も減ってそろそろ元の生活に戻るかもしれないが、明らかに教育の有りようも変わっていくに違ない。
ところで、そう言いつつもモモちゃんは私の所にある本を出してあげると、楽しそうに読んでいた。
今こそ、読書の力を信じたい・・・本の中で展開する世界を楽しんでほしい。
もし、私がいま教育に関わろうとしても空中を飛び交うデジタルな世界などチンプンカンプンだが読書教育なら多少は自信がある。

山荘から帰るときに書庫に置いてあった「ドリトル先生アフリカゆき」(ロフティング・井伏鱒二訳・岩波書店)を持ってきた。
50年も前に買った本であるが決して色あせていない。
面白い・・・80ジジイを物語の中に引き込んでくれる。
先日紹介した「冒険者たち・ガンバと15匹の仲間」などもそうであるが、もう一度子どもたちに紹介して今の世の中だからこそ読んでもらいたい本がたくさんある。
ちなみに、一年生にはちょっと難しいかもしれないが・・・
「魔女の宅急便」をモモちゃんには持って帰ってもらった。

母親も勿論、モモちゃんも話の内容は知っているそうだが、ちゃんと物語として読めば印象も変わってくるに違いない。



yodaさんの投稿 - 17:51:53 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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