"来し方の記・知的財産"

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来し方の記・知的財産

M君の仕事








昨日はM君と武蔵小金井駅のホームでバッタリ会って声をかけたことを書いた。
それを期にM君は地元の山梨大学の工学部に進学して卒業後はFフイルムに入社して知的財産を守るための部署に就いたのだそうだ。
折も折、Fフィルムではポラロイドの開発が進みその技術を守るための責任者となった。
当時、F社には顧問弁護士として中村稔氏がついていた。
この中村稔という方は現代詩の詩人として活躍しておられ、私などはそのご尊名を知っていた。
詩集も何冊も出され、文化功労賞も受賞されている。
中村さんが弁護士とは、M君から聞いて驚いた。
特に知的財産保護では第一人者だそうだ。

M君はこの中村さんと仕事をし、気に入られたのだそうだ。
そして、会社を辞めて独立し、一念発起してアメリカに渡りワシントンで事務所を構える。
その折に、中村さんからアメリカでのその道の大家を紹介されたという。
8年間アメリカで仕事をしてカメラ関係の訴訟に関わり苦労したようだが、その道では名を成したようである。
帰国後も知的財産保護の仕事につき、今に至っているという。

彼の話を聞いて、人との出会いが人生においていかに大切かを知らされた。
単に出会っただけでなくそこには並々ならぬ努力があり共感や共鳴をしていったのだろう。
また、彼の仕事を理解し一緒にアメリカに渡り、仕事をアシストした奥様もすごいと思った。
タカコサンとは4歳ほど年が違うが、打てば響くようなその応答に一緒に食事をした3時間の間に友達となったようである。
この夏には超歌舞伎を新橋演舞場に観に行くことを約束していた。

彼は趣味としてチェロを習っているそうである。
毎週、先生について練習し、結構本格的であるらしい。
チェロというと、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を思い出すが、一度聴かせてもらいたいものである。

私も60年も前のご縁で交誼が復活して大変うれしい・・・
7月初めの土曜日に小淵沢で会ってランチをすることになった。
また別な話が聞けるかもしれない・・・アメリカでの生活などはもっと詳しく聞きたいものである。





yodaさんの投稿 - 16:09:04 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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