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2021-11-17

好奇高齢者の生活と異見・コロナ減少

マスク警察







昨日の東京のコロナ患者は16名だったそうだ。
ひと頃は万を超えてどうなる事やらと思っていたが、やはりワクチンの力は素晴らしい。
新潟に住む小千谷で医者をしているY君の言によると、罹病率が70パーセントを超えると終息に向かうと言っていたがその通りようだ。
昨日も所用があって、八王子の街まで行ってきたが、火曜日というのに人流はかなりある。
デパートの催し物場には以前のような人だかりがしていた。
ただ、前と違うのは、いずれもマスクをきちんとしていることだ。
おそらくその人たちは、デパートに入るときに手にアルコールのシャワーをかけ、家に帰ればキチンと手洗いをしているに違いない。
この国で急速にコロナ患者が少なくなってきたのは言われたことはきちんと守るように躾けられているからにちがいない。

電車に乗ってもバスに乗っても、マスクをしていない人など見かけない。
よしんばノーマスクの人などいたら、そばに近寄らないし冷たい視線にさらされる。
私のような厳つい顔の者はマスクによって半部顔を隠されているので助かっていることも多い。
女性などはせっかくの化粧も半分隠されてしまうと、どんな容姿なのか想像するしかないようだ。

おそらくこのマスクは人々の風景や風俗となっていくに違いない。
それと同時に「マスク警察」も定着するに違いない。
現に、私も電車の中でマスクをしていない人を見ると、避難の眼を向けてしまう自分がいる。
一昨日も、隣のベッドの爺さんが咳き込んで、その時にマスクを外してコホンコホンとしていた。
その飛沫を考えると・・・よほど注意をしようかと思ったがじっと我慢をした。
これからこの人とは隣どうしでいなければならないからなァ。

また、まだまだコロナについては終息という訳ではなく「6波が・・・」と言われている。
これから寒さに向かいインフルエンザとあいまってパンデミックがおこるかもしれない。

それにしても世の人々はお酒が好きで酒宴も好きなんだなぁ・・・
下戸には分か気持ちである。





yodaさんの投稿 - 12:16:49 - - トラックバック()

2021-11-16

好奇高齢者の生活と異見・物忘れ

飲み薬







今日は午後から本格的なお茶の稽古があった。
この時期はいよいよ炉に炭が入り独特な匂いが家中に漂う。
タカコサンは朝から大忙しでこの季節の稽古の準備をしていた。
特に今日はお弟子さんが5人ほど来たので二組に分けての稽古だった。
私はこのような日はひっそりと邪魔にならないように自室にこもるか、どこかに出掛けることにしている。

幸い今日は「キョウヨウ」も「キョウイク」もあったので出かける方をとった。
キョウヨウは月に一度のかかりつけでの診察・・・糖尿も抱えているので腎クリニックのデーターを持って薬を処方してもらう。
今月は平均的な血糖値が少し上がったので。食生活の見直しと、食事の内容を記録しておくようにと言われた。
診察を終えて処方箋をもらい、調剤薬局に行ってその足で橋本方面でも行こうかと思っていたのだが・・・携帯と腕時計を持っていないことに気が付いた。
このまま、「キョウイク」を進めようと思ったがチョット不安なので家にもどった。

実は出かける前にもひと悶着あったのだ。
まずは財布を忘れて、一度外に出たがとりに戻った。
そして、門から少し歩いてマスクをしていないのに気が付いて戻った。
極めつけは「パスモ」を忘れてまた戻った。
都合3回、玄関を出たり入ったりした・・・タカコサンはあきれ果てて何も言わなかった。
物忘れ自慢をしてもしょうがないが・・・一番忘れるのは薬の飲み忘れである。
食前の10分前にインシュリンの出をよくする薬を飲むことになっている。
しかし、生来、食い意地が汚いので食べモノをみるとすぐに手を出してしまう。
そして食べている途中で気が付いて・・・胃に向かって言い訳をする。
「これは食事ではありません、単なる味見です」
でも、胃は何も答えてくれない・・・
実は今月の平均的な血糖値の上がりもこの薬の飲み忘れによることが大きい。

その他物忘れについては挙げれば枚挙にいとまがないが・・・人の名前の忘れがはなはだしい。
忘れというよりも新規に会った人などは、はなから覚えようとしないのだ。
クリニックの看護師・技師も3人ぐらいしか覚えていない。
さすがに、顔は覚えているのだが・・・・



yodaさんの投稿 - 17:41:37 - - トラックバック()

2021-11-15

好奇高齢者の生活と異見・タクシー運転手

選挙その後






先週の金曜日、透析の帰りに乗ったタクシーが初めの赤信号で止まったときだった・・・
運転手が「お客さんこれ見てください」と言った。
メーターの上についているナビである。
「この赤い所がちょうど渋滞している所です。ようやっとコロナ以前の状況にもどってきました。」
「そうですか・・・これで景気も上向きになりますね」というと
「そうでもないんですよ、お客さんが無茶しないので、終電過ぎるとお客がぱたりと減ってしまうんです。
 以前なら終電過ぎが稼ぎ時だったんですがね。」

「それにしても今度の選挙何だったんでしょうね・・・私はリッケンに入れたんですがね・・・
 あれは完全に共闘の失敗ですね。その受け皿を維新がかっさらった・・・」
「この国ではまだまだ政権交代は無理でしょうかね・・・」

「腹が立つのはK党の主張する18歳以下に10万円給付・・・コバンザメのようにJ党にくっついて人気取りをしようとしている。
 10万円配る前にするべきことがあるだろうと思いますよ。絶対に第6波はきますよ。
 それなのに外国人の受け入れが始まり滞留3日ですよ。水際で食い止めるどころではないじゃないですか。」
運転手さんの意見はお客の声の集大成で傾聴すべきことが多々ある。
彼の説によれば第6波は必ず来るというのだ・・・私もそう思う。
「10万円の給付をまず水際対策に使うべきですよ。
 来日した外国人はホテルでも何でも借り上げて最低でも10日間は観察すべきです。」

「給付する10万円は半分はクーポンにするとか・・・あれは間違いなく利権ですね。
 クーポンにするための印刷代や手間など考えたらすんなり現金給付の方が効率的だと思いますよ。」
言われてみれば確かにそうだ。クーポンにすることによって手続きも滞るだろうし、事務手続きも煩瑣になる。

政界ではゾロゾロ、妖怪のような人物が動き始めている。
アベとアソウは仲良しだと思っていたが利権だけで結びついていて政界再編では二大勢力としてうごめいているようだ。
刷新を期待したがやはり過去のしがらみが強くはたらいて、まだ全く解決していないモリカケサクラもうやむやになるに違いない。





yodaさんの投稿 - 10:10:52 - - トラックバック()

2021-11-14

友がき・喜寿の後輩

励まし







昨夜は布団に入って身体が温まると咳が出始めた。
痰も絡んできてとても眠りにつけるような状態では無かった。
そこで導眠剤を一錠・・・時間はちょうど2時になるところだった。
今朝の寝覚めは悪く朦朧としていた。
タカコサンは自治会の避難訓練があるので10時頃には出かけて行った。
今年は当たり年で我が家が班長を仰せつかり自治会の広報の仕事もしている。
当主は私であるが、一日おきの透析で目いっぱいでタカコサンに代行してもらっている。
ちょうど12時ごろに帰ってきたがかなり本格的な訓練でテントの設営やら、非常食の温めと試食もあったようだ。
その間私はうつらうつらしていて、ソファーで寝てしまっていたようだ。
お昼はありあわせの材料でお好み焼きを作って食した。

さて、午後もグタグタしていると夜また寝られなくなるので前から会いたいと思っていた後輩のO君に電話した。
彼は私が良く行く橋本に住んでいて書籍の編集の仕事をしている。
私より4歳下の77歳だが今も現役で仕事をしている。
先週、甲府に出掛けて行ったハイスクール・YMCAの仲間で同じ釜の飯を食っている。
彼は先週は用事があるとかで欠席だったので会の様子の報告がてら会うことにした。

実に会うのは5年ぶりぐらいである・・・やはり年相応に年齢を重ねていてマスクもあってか初めは彼であることが分からなかった。
駅の近くのコーヒーショップで約2時間語らったが沢山の刺激をもらった。
今彼が手掛けているのは戦後史で全十巻にも及ぶという。
出来上がったばかりという2冊をもらってきた。
「密約の戦後史」(新原昭治・創元社)「9条入門」(加藤典洋・創元社)
2冊とも読みごたえがあり興味の尽きないところだ。
9条の著者加藤氏は2年前に惜しまれつつ亡くなってしまったが・・・論客であった。

私の宙ぶらりんになってしまっている「甲府の七夕空襲」の話を是非完成するようにと励まされた。
もうこうなったら私財をなげうって出版するしかないようである。
お葬式の費用さえ残しておけば何とかなりそうなので来年の七夕までには出版にこぎつけたいものである。




yodaさんの投稿 - 18:43:02 - - トラックバック()

2021-11-13

友がき・信州の友

年賀欠礼ハガキ







先日、信州に住むY君より年賀欠礼の便りが届いた。
妹のTさんが72歳で亡くなったというのだ。
Tさんは我が住む片倉台の隣の絹ヶ丘に住んでいた。
一年に何回かは生協で会ったり北野の京王ストアーで会ったりした。
いずれも買い物の途中でちょっとした立ち話をしたものだ。
最後に会ったのはY君のお嬢さんのサクラさんのコンサートで5年ぐらい前だった。
お嬢さんと来ていて、至極元気そうだった。
信州のY君に電話してみると・・・一番下の妹の逝去でだいぶがっかりしていた。
病名ははっきりは分からなかったが私にとっても会えば親しく話す仲だったので残念。

ご冥福を祈る。

そこで、Y君の動静について尋ねたところ、年相応にいろいろあるようだった。
一番のお悩みは腰の故障で曲がってしまい10センチも身長が縮んだとの事だった。
奥さんのEさんは最近白内障の施術をしたそうで世の中がよく見えるようになった・・・
二人とも毎日散歩を欠かさないようにして足腰を鍛えているようだ。
朗報としては娘のサクラさんが軽井沢に家を建てて時々様子を見にきてくれるとの事。
サクラさんはクロアチアに留学して、かの地でヴァイオリニストのKさんと知り合い結婚。
Kさんはアルメニア人で今は日本のオーケストラに所属しながら活躍しているそうだ。
来日当時はだいぶ応援をしたが・・・日本に居を構えるまでになって本当に良かった。

サクラさんとはいろいろな思い出があり、特にまだ小学校に上がる前にお兄さんのアキオ君と共に我が家に泊まりに来て親子ごっこをさせてもらった。
その折に、口紅を差してきてちょっと驚いた。
お母さんの口紅の残りをストックしておいてお出かけというので彼女なりのおめかしだったらしい。
また、兄妹とその日、手製の凧を作って飛ばした。
まだ我が住宅も開発途上で丘の上に登っての凧あげだったが、風が良くて、1000メートル以上揚がったのではないだろうか。
我が人生であんなに遠くまで凧を揚げたのは初めてだった。

今は昔の思い出・・・そんな二人にも子どもが出来て良いパパとママになっているようである。




yodaさんの投稿 - 16:32:17 - - トラックバック()
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