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2021-09-17

なごみ食堂・ビストロ・シェ・リキ

口腔工事記念祝






昨日は歯の治療が無事に終わった記念に久しぶりに町田に出て食事をした。
治療が終わったのが12時だったのでタカコサンに駅まで来てもらって同行した。
彼女は2時の予約で美容室に行くので付き合ってくれたのだ。
町田でのお目当てはJR町田駅の東口の広場のような所にある洋食店。
ビストロ・シェ・リキという店で開店以来ずっと贔屓にしている。
この店のシェフはリキさんと言い、実は40年近くの付き合いである。
彼は我が家から車で10分ほどの所にあったレストランでシェフをしていて、彼の作るソースがずっと気に入っていた。
ところがこの店が土地改良などのゴタゴタで閉店してしまい彼のソースが味わえないと嘆いていたところ町田駅の近くに開店。
以来、町田に行くと寄るようにしてきたのだ。

この店は奥さんと二人で仕切っていて、ランチタイムなどに娘さんが手伝っていたこともあった。
客席は満杯で15席ほどのこじんまりした店で、トイレは店内に無く、近くの店との共同になって店の外にある。
従って食事だけを目的とするお客ばかりで長居をする人がいないために回転が良いようだ。
出す料理はイタリアン系でソースもそれ風だがともかく私の好みの味なのだ。
この店でいちばん好きなのはカツレツでメニューは鶏肉なのだが、私は特別にポークで作ってもらっている。
カツを揚げるというよりも、焼くに近くチーズがのっている。
これに彼の作るドミグラスソースが良く合い、付けあわせも焼き野菜でかぼちゃ、ニンジンカブなど季節野菜を取り合わせる。
タカコサンによるとこの店のビーフシチューも絶品だそうだが私は食べたことがない。

大阪にいたH君は町田の鶴川で教えた人だがかの地で運送会社を起業して成功したが昨年の11月に旅立ってしまった。
その彼が前の店時代からシェフの作るハンバーグが好きでこの世で一番美味しいと言っていて上京するたび店に寄っていた。
さて、昨日であるが・・・久しぶりのご褒美にステーキ(これも絶品で焼き方も好みに合わせてくれてソースと良く合う)でも食すつもりだったが、コロナの影響でランチのみの営業。
メニューを限定してしまって食材に無駄が出ないようにとの事で、ステーキは無し。
そこで
お気に入りのポークカツレツをオーダーして久しぶりに堪能。
至福の時間、食事をすませるとすぐに横浜線で折り返して人流を避けるようにした。






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2021-09-16

健康生活・口腔工事

褒められた








今日で口腔の治療がすべて終わった。
始まりはトウモロコシを食べて奥歯が欠けてその架橋工事からだった。
残っている歯の根を土台にし、更に歯肉に杭を打って橋を架けた。
その間にまた前歯が折れて・・・それもトウモロコシであったが、同じように杭を打って差し歯にしてもらった。
都合、6回通って工事の方は無事に終了した。
今日は総仕上げで、すべての歯の点検とクリーニングであった。
この点検は一応、半年に一回行っているが、ご案内が来ると、なぜか虫歯が痛くなったり、歯が欠けたりするのだ。

私の通っている歯医者は20年程の付き合いとなるが名人である。
なるべく歯を温存してくれるようにして、保険診療の範囲でベストの治療をしてくれるのだ。
ブリッジなど架けても揺るぎないようにぴたりとはめてくれる。
差し歯も違和感のないように、自然の歯のように入れてくれる。
インプラントもできるようだが、決して勧めたりはしない。

今日は工事完了につき、自前の歯が80歳でどのくらいあればベターなのか聞いてみた。
すると、20本だそうだ・・・しかしそのカウントは完全に残っているモノだけでなくともかく自前の歯に橋を架けようが冠をつけようがカウントされる。
「ヨダさんの場合は24本自前の歯があります。立派なものですよ」
と褒められてしまった。
この所、他人に褒められることなど全くなかったので、嬉しかった。
もうこの年になると、入れ歯が主流なのだそうだ。

思えば、小学校5年生になるまで虫歯が一本もなかった。
これは私の育った時代と関係があるようだ。
戦中・戦後で甘いものなど全く口に入らなかった。
砂糖がない時代で主流はサッカリン,ズルチンなどという後味の残る合成甘味料だった。
それが中学・高校に入るころ・・・経済成長と共に歯医者を友にするようになってしまったのだ。

ともあれ。24本の自前の歯は自慢しても良いらしい・・・









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2021-09-15

かたくら通信・休日の過ごし方2

超歌舞伎







この所はっきりしない天気が続いているので出かけることもままならない。
加えてコロナ禍である・・・夫婦共にワクチンは2回打ったもののやはり自粛ムードもあって遠出は出来ない。
実はタカコサンは京都に超歌舞伎を観に行く予定だった。
ホテルもとりチケットも知り合いに頼んで取れるばかりしていたが、やはりいざ行くとなると躊躇ってしまったようだ。
すると、動画の配信があって私のタブレットで見られることが分かった。
けれど有料で、特別の操作をしないと動画までたどり着けないので孫のリョウに来てもらうことにした。

そもそも超歌舞伎なるものが現代技術の最先端と古典の歌舞伎が結びついたものである。
タカコサンも孫のリョウも以前から興味を持っていて、まだコロナが流行する前には幕張メッセまで観に行ってきた。
今回の京都の公演は歌舞伎の発祥の地とも言うべき地の南座であった。
京都に住む大学時代の友人と一緒に行く予定だった。

その仕組みについては良く分からないのだ、最先端テクノロジーで創造された「初音ミク」というキャラクターと実際の歌舞伎俳優である中村獅童が歌舞伎の古典を演じるのだ。
初音ミクは年齢16歳で身長158センチ体重42キロと設定されている。
ちょうど実在の少女ぐらいの設定であってそれが歌舞伎役者と絡んで演技し、物語を進行させていく。
この歌舞伎の面白いのは観客も巻き込んでいきペンライトを使って物語に参加できるのだ。
ある意味では未来型の歌舞伎と言ってもよいであろう。
歌舞伎には大変興味を持っていて数多くの演目を観ているタカコサンがかなり入れ込んでいるところを見ると魅力的な芝居と言っていいだろう。
それに孫のリョウも興味を持っていてタカコサンとメッセまで同行したぐらいだから・・・

京都行きを断念した代わりに3000円で自宅にいて鑑賞できるのは安いものだ。
そこで歌舞伎見物の雰囲気をさらに盛り上げるために仕出し屋から豪華幕の内弁当をとって食した。
私は現代テクノロジーと古典の融合がどうしても理解できずに超歌舞伎は観なかったけれど、幕の内だけはご相伴に預かった。



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2021-09-14

かたくら通信・休日の過ごし方

小旅行







私にとって休日とは透析のない日で、火木土日である。
しかし、火と木は午前中は前日の透析の影響でボーッとしている。
となると、休日は土日で、これが愉しみで生きているようなものだ。
祭日は全く関係なくその日が月曜日であれば透析に行かなければならない。
来週の月曜日は秋分の日であるが、透析に行かなければならないわけだ。
貴重な休みである土日はうまく使えば小旅行ぐらいは出来る。
今年は何度も利用は出来なかったが、八ヶ岳の山荘にも行くことが出来る。
山荘行きの場合は土曜日の午前中に家を出て土・日と泊まって、月曜日の朝帰ってくれば、透析は午後なので充分に間に合う。
コロナがなければもう少し活動範囲を広げて一泊二日ぐらいで行ける栃木、千葉などに行ってみたい。
実は、10月の半ばに新潟に行ってこようと思っている。
新潟市のバンダイジマというところにある美術館で私が東京で見そこなった展覧会をやっているのだ。

もしかしたら以前ブログに書いたかもしれないが・・・戦後、キャバレーのボーイから身を起こしてハリウッドという店を日本各地に開店してキャバレー王と言われた福富太郎。
彼は昭和の時代には何度もテレビに登場して我らの世代の人は知っているかもしれない。
若いころ鏑木清方の絵に出合い、コレクターとなる。
彼の審美眼で集めた絵は独特で河鍋暁斎がまだ有名になる前にコレクションしている。
また、戦時中に描かれた「戦争画」も優れたものをもっていて絵に対する造詣も深い。
今回は、戦争画の中の「軍人の妻」(満谷国四郎作)をどうしても見たくてタカコサンに話したところ同行してくれることになった。
すぐにホテルを手配して、近々の内に切符も購入するとのこと。
調べたら、八王子から3時間半ぐらいで新潟まで行けるらしい。

そこで新潟の小千谷に住むY君に電話したところこの展覧会は観たいとの事で合流することになった。
かれも同じホテルに宿をとって久しぶりに語り合うことになった。
翌日は新潟市内を案内してくれるとの事だった。
実は私は父親の仕事の関係で新潟で生まれ1歳半までいたのだそうだ。
全く記憶がないが生まれた地を見てこようと思う。

なんだか夢のような話となった。






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2021-09-13

季節だより花だより・金木犀

季節の境







今朝はめずらしく6時前に目が覚めた。
しばらく、布団の中にいたが、思い切って起き上がった。
窓を開けると、薄曇りでお日様は出ていなかった。
身づくろいをすませて、朝のルーティーン(血圧を測り、指に針を刺して血を出し、血糖値を測り、腹部に同じく針を刺しインシュリンの注射をする)
時計を見ると、6時半・・・ここであそこに行けばきっと拾えるに違いない。
顔も洗わず外にでて、「あそこ」に行ってみた。
残念、道は掃き清められていて一粒も拾えなかった・・・栗の実である。
掃除をしているのは栗の木のある対面のご主人で落ち葉一つなくきれいになっていた。
かの家のご主人は私と同年ぐらいなので子どもの頃、栗の実を拾ったに違いない。
そして、そのおいしさと有難さを知っているのだろう。

チョット気落ちしたけれど、すぐに家に帰って朝食をとった。
そして、久しぶりの朝散歩に出かけて行った。
街は馥郁たる香りに包まれている。
予想よりもはるかに早く金木犀は開花したようだ。
一つ開くと伝搬していくのだろうか・・・街全体の金木犀が開き始めるようだ。
自然の摂理というか、不思議さを思う。

子ども達の登校はすでに終わったらしく、町は静まり返っていた。
と、突然のようにつくつく法師が鳴き始めた。
お日様も雲間から顔を出し、気温もみるみる上がっていくようだった。
夏の最後を謳歌しているようで、今日の一日が暑くなりそうだった。
予報によれば八王子は30度近くまで気温が上がるそうだが・・・ちょうど透析に行く頃が暑さのピークになるに違いない。
散歩道にはまだ秋の花は早いようで、ムクゲの花が咲き誇っていた。
もうしばらくすると酔芙蓉の花も咲くに違いない。
お目当ての家の前に行くと、すでに蕾が膨らみ始めていた。

もう一年程空き家となっている家の草ぼうぼうの庭にミズヒキ草がひょろりと伸びて垣根から顔を出していた。
ムラサキシキブの実も染まり始めている。
どうやら季節は夏の名残と秋の始まりのところに来ているようだ。

わが家では玄関先の鉢植えのべコニヤと日日草が復活してシャンとなっていた・






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